複式簿記
左右が必ず釣り合う帳簿は、商いを検算できるものに変えました。パチョーリは『スンマ』に、複式簿記がなければ商人は夜おちおち眠れない、という趣旨を書いています。借方と貸方が合うまで寝るな、というわけです。ゲーテがこれを「人間精神のもっとも美しい発明のひとつ」と呼んだ台詞は、『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』第一部第十章にあります——賞賛したのは経済学者ではなく、商人を志す主人公に商売を説く登場人物でした。実務の側の凄みは、プラートの商人フランチェスコ・ダティーニが遺したものに見えます。一八七〇年、使われなくなった階段室から見つかった彼の書類は、書簡およそ十五万通、帳簿と元帳が五百冊超、組合契約三百件、保険証券四百件。中世の商いが、ほぼ丸ごと残りました。帳簿の多くのページの冒頭には「神と利益の御名において」と記されていたと伝えられます。信仰と商売を分けない人たちの手で、この技術は育ちました。この地図の「帳場」の部屋の紙の色は、その帳簿から採っています。
神話の訂正
複式簿記はパチョーリが発明した
「発明した」ではなく「まとめて出版した」です。現存する最古の完全な複式簿記は、一三四〇年のジェノヴァ市の会計官(マッサリ)の帳簿——『スンマ』(一四九四)の百五十年以上前のものでした。しかもジェノヴァは一三二七年の法令で、すでに「銀行家の方式」で記帳することを義務づけています。発明者とされる人は、最後の記録者でした。