隊商ネットワーク
サマルカンドを本拠にしたソグドの商人は、シルクロード沿いの五十を超える都市に、世代を超えて住みつく商人のコロニーを連ねました。唐の都市には「薩保(サバオ)」と呼ばれる指導者を戴くソグド人の町があります。彼らの言葉は、征服によってではなく商売の必要から広がり、トルコ系やウイグル系の遊牧国家が行政の言語に採用するほどになりました。点と点を「住む人」で繋ぐ商い——ハンザにも、いまの商社にも通じる形です。この人たちの実像を伝えてくれるのは、一九〇七年にオーレル・スタインが敦煌の近くの見張り塔の跡で見つけた、四世紀初めの手紙の束でした。配達されないままだった郵袋です。重い硬貨を運ぶかわりに紙の信用で決済していた様子が読める一方で、束のなかには、敦煌に置き去りにされたミワナイという女性が、夫と母に助けを求める私信も混ざっていました。商いの記録の束に、そのまま人の暮らしが入っています。なお『新唐書』は、ソグドでは男の子が生まれると口に蜜を塗り、手に膠を握らせた、と伝えます——甘い言葉を語り、金を離さないように、という意味だそうです。面白い話ですが、この人たちの強さの本体は、中継貿易の網と、同族のつながりと、何ヶ国語も話せることのほうでした。