D2C
二〇一〇年、ウォートンの学生四人が三万ドルずつ出しあって、眼鏡のWarby Parkerを始めました。きっかけは、一人が旅行で七〇〇ドルの眼鏡を失くし、高すぎて買い直せないまま大学院の一学期を眼鏡なしで過ごしたことです。卸と店を抜いて九五ドルで直接届け、のちに「D2Cの生みの親」と呼ばれました。二〇一〇年代、この型はマットレスからスーツケースまで広がり、Shopifyという道具箱が個人にまで店を開かせます。ただし、波の引き方も正直に書きます。マットレスのCasperは評価額一一億ドルから二〇二〇年の上場で時価総額三億七七九〇万ドルへ落ち、翌年に非公開化されました。直接届ける限り、配送も広告も自分持ち——中抜きは魔法ではない、という当たり前が波の後に残っています。
神話の訂正
D2Cは、ネット時代の新しい発明だ
D2Cの業界自身が「これは新しさというより、回帰だ」と書いています。店を介さずに直接届ける商いは、この地図では一八七二年のカタログ通販が先——モンゴメリー・ワードの紙一枚が、百五十年前に同じことをしていました。郵便がネットに替わっただけだという自己認識が、業界の側にあります。