贈与と互酬
値段のない世界にも、モノは動いていました。マルセル・モースが『贈与論』(1925)で書いたのは、贈り物には三つの義務が組み込まれているということです——与える義務、受け取る義務、そして返す義務。返礼を怠ることは、贈り物を断ることではなく、関係そのものを断ることを意味しました。マリノフスキーが記録したクラ交換では、白い貝の腕輪が反時計回りに、赤い貝の首飾りが時計回りに、18の島を巡り続けます。しかも持ち主は一時的な預かり手にすぎず、持ち続けることは名誉になりません。贈り物には「いつか返す」という見えない約束がついてくる——商いの二つの川は、どちらもこの前夜から流れ出しています。
神話の訂正
物々交換が不便だったから、貨幣が生まれた
経済学の教科書が長く語ってきたこの順序を、人類学は支持していません。ケンブリッジのキャロライン・ハンフリーは1985年に「純粋な物々交換経済が記述された例は一つもない。そこから貨幣が生まれた例も一つもない」と書きました。デヴィッド・グレーバーは『負債論』で、順序はむしろ逆——信用の記録が先で、鋳貨はずっと後だと論じています。ただしグレーバー説への反論もあるので、この地図は「人類学者たちによれば」と主語をつけて書きます。なお、物々交換そのものが無かったのではありません。否定されているのは「見知らぬ者どうしが物々交換だけで経済を回し、そこから貨幣が生まれた」という進化の物語のほうです。