ギルドと座
同業の者が集まり、修業と資格と品質を管理して、地域の独占を守る。欧州のギルドは徒弟・職人・親方の三層でできていて、徒弟は五年から九年、親方の家に住み込みで修業しました。職人になれば独立した仕事はできますが、自分の工房を持つことも、徒弟を取ることも、組合で投票することもできません。親方になるには、技術を証明する作品(マスターピース)に加えて、高い入会金や、既存の親方をもてなす費用や、開業資金の証明が要りました。つまりこの階段は、親方の数を絞る装置でもありました。日本の座は、貴族や寺社という「本所」に座役を納める代わりに独占の営業権をもらう形で、特権の出どころが権力の側にあります。技能の保証が前に出る欧州と、営業の独占が前に出る日本——同じ「同業の絆」でも、軸が少し違いました。そしてギルドの評価は、いまも学者どうしで割れています。オギルヴィは、ギルドの行動はおおむね組合員の利益を消費者と非組合員の犠牲のうえで守るもので、参入の壁が移民や女性やユダヤ人への差別として働いたと論じます。エプスタインは、徒弟制による技術の世代間の受け渡しと、職人が各地を渡り歩くことによる技術の伝播を挙げて、ギルドこそ革新の担い手だったと反論しました。面白いのは、二人が同じ統計の同じ数字を、正反対の結論の根拠に引いていることです。データは語らない、解釈が語る——歴史の読み方そのものが見える論争です。