国際送金
ロンドンで銀貨を預け、暗号と紋章と封蝋で認証された証書を持って、エルサレムで同じ額を受け取る。テンプル騎士団は、現金を動かさずに証書だけを動かす送金網を運用しました。ここで面白いのは、彼らがどうやって儲けていたかです。当時の教会法は利子をはっきり禁じていました。そこで騎士団は、貸付額のおよそ一割という固定の手数料、担保に取った土地からの地代、そして両替のレート差——この三枚のカードで収益を上げます。規制があるなら、その外側で商品を設計する。八百年前に、同じ発想がもう動いていました。終わり方も、やはり商いの話です。一三〇七年十月十三日、フランス王フィリップ四世が全土で騎士団員を一斉に逮捕します。王は騎士団に多額の借りがありました。自白の多くは拷問によるものだというのが、いまの歴史家の多数の見方です。一三一二年、教皇クレメンス五世は有罪の認定ではなく、行政上の教皇令という形で騎士団を解散させました。貸した相手が権力だったとき、帳簿はこういう消え方をすることがあります——同じことが百六十年後、メディチ銀行でもう一度起きます。
神話の訂正
国際銀行を発明したのはテンプル騎士団だ
先に同じことをしていた人たちがいます。アラブ商人の「スフタジャ」は九世紀から、銀を運ばずに遠くの街で受け取る仕組みとして機能していました。信頼の網で価値を動かす「ハワラ」も先行しています。騎士団の手柄は発明ではなく、それを広い範囲で安全に回す組織のほうでした。