SPA/製造小売
作る人と売る人が別々だったアパレルで、企画から製造・店頭までを一本に握る。言葉の生まれは一九八六年、GAPのドナルド・フィッシャーが年次報告で言った「SPA」とされます(原文には到達できていません——日本の用語集が引き写しあってきた言葉です、と正直に書いておきます)。実践の先頭はZARA。一九七五年にスペインのア・コルーニャで開き、新しい服が店に並ぶまで業界平均が半年のところを数週間で回し、広告をほぼ打たずにその分を一等地の店へ注ぎ込みました。日本ではユニクロです。一号店は一九八四年六月、広島の裏通り。ただし「ある日SPAを宣言した」わけではなく、一九八八年の直接調達から九〇年代後半まで、十年がかりの地味な移行でした。一九九八年十一月、原宿店のフリース一九〇〇円が社会現象になり、二〇〇〇〜〇一年のシーズンで累計二六〇〇万枚。ちなみに言葉の生みの親のGAPが、いまSPAの優等生として語られることはほとんどありません。名前だけ残して、本体は別の誰かが完成させる——この地図の「名前の歴史」が、ここでも反復しています。